妊娠から出産まで

「少しでも長くお腹にいてほしい」という葛藤

保育器と周りの機材の全体を撮影した画像。色々な管やモニターがつながれている。
masaki

長期入院中、ずっと考えていたことがあります。

赤ちゃんには少しでも長く、お腹にいてほしい。

医師からも、そういう説明がありました。週数が進めば進むほど、赤ちゃんの体は育っていく。だから、できるだけ長くお腹の中にいた方がいい。

頭では分かります。

でも一方で、妻は出血を繰り返していました。

「ご飯食べてたら出血した」
「また点滴が始まる」

そんな連絡が続きます。

血圧を下げる点滴もあり、妻はしんどそうでした。

私は、「少しでも長くお腹に」と思う一方で、「こんなに妻がしんどいなら、早く出した方がいいのでは」とも思っていました。

これは、かなり正直な気持ちです。

赤ちゃんのためには長く。
妻の体のためには、早く。

どちらも大事で、どちらかだけを簡単に選べるものではありません。でも、どちらかを選ばなければいけない究極の選択を迫られれば、間違いなく妻を助けてほしいと言いました。

ある日、妻から「現在、24週と5日です」と送られてきました。

私は早産児のことを調べました。26週を目標にする、そうすれば脳の構造が安定してくる、そんな情報を見て、妻にも共有しました。

今思えば、妻は当然知っていたはずです。自分で調べることで自分を落ち着かせていたのだと思います。

ただ、妻の貧血の値も下がっていました。これ以上進むと輸血になるかもしれない、赤ちゃんにも良くない、と説明されたそうです。

12月の最終週、私は面会のたびに、医師から説明を受けました。「明日、帝王切開になるかもしれない」と言われたと思えば、「今日はまだしない。できれば年を越したい」
ただ、その翌日には「やっぱり数値が良くならない。もしかすると明日かも」と、1日ごとに刻々と変わる説明をただ受け入れるしかありませんでした。

そして、12月25日、医師から、「赤ちゃんが元気なうちに、明日出してNICUで見ていきます」との打診がありました。年末年始で病院の人員配置が手薄になる直前、ギリギリの判断だったのだと思います。

正直、少しホッとした自分がいました。

もちろん大きな不安はありました。早すぎると思いました。

でも、あと何ヶ月もこの状態が続くかもしれないと思っていたので、「明日」と言われたことで、終わりが見えた感じもありました。

最終的には、医師の判断を信じるしかありませんでした。

妻と赤ちゃんにとって、一番いい日。そう思うことにしました。

ABOUT ME
高橋昌希
高橋昌希
サイト発起人
2025年12月、第二子(次女)が25週・804gで誕生。NICUでの経験を通じ、同じ立場の家族がつながれる場をつくりたいと思い、Webサイトを発足。仕事は、福祉領域での会社経営や業界団体の運営等。 香川県出身。東京都在住。
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