妊娠から出産まで

再び突然始まった長期入院

保育器のモニターを写した画像。酸素濃度などが表示されている。
masaki

2025年12月、妻が再び入院することになりました。

前回と同じように、きっかけは出血でした。

最初は、また数日で帰ってこられるのかなと思っていました。妻からも「風邪薬をもらったので、治ったら大部屋へ移ります」と連絡があり、短期入院のような雰囲気もありました。

でも、少しずつ空気が変わっていきました。

「先生から、今回は産むまで帰れないかもしれない、1〜2週間で退院は考えられない、とはっきり言われました」

妻からそうLINEが来たとき、長期戦になるのだと分かりました。

前置胎盤なのか、血腫からの出血なのか。医師も判断が難しいようでした。もし前置胎盤からの出血なら危険度が上がるため、簡単には退院できない。

妻は「年越すかもしれません」と書いていました。

年越し…!?

その言葉で、急に現実感が増しました。

私は仕事をしながら、長女の保育園の送り迎えをして、面会に通う生活になりました。実家から私の母が上京して、家事や育児を手伝ってくれることになりました。

家には長女がいて、病院には妻がいる。
そしてお腹の中には次女がいる。

家族がバラバラの場所にいるような、不思議な感覚でした。

妻からは、出血の報告が何度も来ました。

「また出血してしまった」
「モニターつけます」
「また安静になりました」

読むたびにドキッとします。

ただ、こちらが慌てても仕方ありません。できることは、面会に行くこと、必要なものを届けること、長女の日常をなるべく崩さないことでした。

病室にいる妻は、長女の写真や動画を楽しみにしていました。

私は動画を送る。妻はそれを見て「かわいいね」と返す。

そんなやり取りが、長期入院中の家族の形になっていきました。

このときから、私たちの生活は完全に入院中心になりました。

ABOUT ME
高橋昌希
高橋昌希
サイト発起人
2025年12月、第二子(次女)が25週・804gで誕生。NICUでの経験を通じ、同じ立場の家族がつながれる場をつくりたいと思い、Webサイトを発足。仕事は、福祉領域での会社経営や業界団体の運営等。 香川県出身。東京都在住。
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